■ ガイドさんその1
2時間ほどしか眠れませんでしたが、ガイドさんと一緒に朝食を取り、8時過ぎにホテルを出発しました。 これから9日間、デリーまで同行してくれるガイドさんは、25才の男性で、名前はダンさん。 いろいろ不満や悪口も言わせていただきますので、さし障りのないように仮名にします(笑) これまで、ギリシャ・エジプト、シリア・ヨルダン、トルコなどで、たくさんの現地ガイドさんにお世話になりましたが、みなさん、日本語も上手、知識も豊富で説明も詳しくわかりやすいという方ばかりでしたので、そうではないダンさんには驚かされ、困りました。 まず、日本語。ガイド歴3年だそうですが、かなり下手で、発音が聞き取りにくいし、こちらの日本語もあまりわかってなさそう。 言ってることがよくわからないので、質問するのですが、それが通じないのが一番困りました。 どこで日本語を勉強したのか、と聞くと、日本大使館の日本語教室だということで、先生は日本人女性で、その名刺も見せてくれました。 空港での自己紹介の時は、「ワタシは○○です」と言っていたのですが、その後、ちょいちょい、「オレ」と言うのでビックリ。 まず、ホテルの朝食のとき、「オレ、朝は食べない、チャイだけ」と、(聞いてないのに)自分情報の第一号も始まり、日本大使館では「オレ」なんて言葉を教えるのか、と首をかしげました。 それから、丁寧語の使い方を知らないようで、私たちに向かって、「チャイ飲むか?」とか、「写真、撮るか?」と聞いてきます。 私は、日本のテレビでは、よく外人タレントが、わざと「お前」とか「〜だよ」とか、目上の人に対して失礼な言葉をしゃべって笑いを取るのを見てますから、最初は気にならなかったのですが、娘はすごく嫌がります。 そう言われれば、娘の韓流ダンナ様は、ほんの片言の日本語しかしゃべれませんが、「僕」と言いますし、「〜でしょ」とか、娘の女言葉を聞いてるせいか、ちょっとオネエっぽい(笑) 日本語の先生が女なのに、ダンさんがどうしてこんなしゃべり方をするのか、と本当に不思議でした。
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朝のムンバイ市内 |
インド門 |
タージマハル・ホテル |
エレファンタ島行きの船 |
船から見るインド門とタージマハル・ホテル |
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〈エレファンタ島 =世界遺産=〉
この日は、世界遺産のエレファンタ島の観光です。ボンベイ湾の船着き場から、船に乗ります。 そこで、エレファンタ島を案内してくれる、ナヤナさんという女性のガイドさんと会いました。 インドでは、ガイドさんの担当地域が決まっていて、その地域以外のガイドが案内することはできないそうで、行く先々では現地のガイドさんが案内してくれました。
ナヤナさんは50代ぐらいの女性でしたが、とても親切で、知識も豊富なベテランのガイドさんでした。 この日(1月15日)は、ヒンドゥー教のお祭りの日だそうで、そのときに食べる、白ゴマをまぶした固いお団子のようなお菓子を持ってきて、私たちにくれました。 また、ムンバイでは部分日食だったようで、それが11時から3時までに間に起こるから、その前に昼食を食べなくてはいけない、だから自分はお弁当を持ってきた、と話してくれました。 ナヤナさんは「部分日食」という日本語を知らなかったようで、聞いた時はあまりよくわからなかったのですが、あとで、ホテルで出会った日本人の男性に教えてもらいました。 でも、太陽が欠けていることには、全然気づきませんでした。
船着き場の前には、ムンバイのシンボルであるインド門があります。 1911年にイギリスの国王ジョージ5世とメアリー王妃の訪問を記念して建造されたものです。 その隣がタージマハル・ホテル。 インド一とも言われる高級ホテルですが、2008年11月に起きたムンバイ同時多発テロの標的にされ、多数の客が殺されています。
1時間ほどでエレファンタ島に着くと、遊園地にあるような可愛い汽車に乗って、長い突堤を進んで行きます。 100段以上ある石段が、石窟寺院までの参道で、カゴ屋さんが客待ちをしており、左右にお土産物屋さんが並んでいます。 カゴと言っても、丸太2本に青いペンキで塗った木の椅子をくくりつけてあるだけで、それを4人で担ぐ、というものです。「乗るか」と聞かれましたが、乗ったら不安定で怖そうだったので、やめました。
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エレファンタ島の汽車 |
遊園地の汽車のように可愛い |
カゴ屋さん達 |
猿もいます |
石窟寺院(世界遺産) |
寺院内部 |
ガンガダラ・シヴァ |
踊るシヴァ神
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三面のシヴァ神 |
シヴァ神殿と守護神ダワルパラ |
リンガ |
頭の上に荷物を乗せて運ぶ女性 |
果物売り |
エレファンタ島は6世紀から8世紀の間に作られたヒンドゥー教の石窟寺院遺跡で、16世紀にポルトガル人が発見し、1987年に世界遺産に登録されました。 祀ってあるのはシヴァ神で、壁には神話を描いた彫刻が多数あります。 三面のシヴァ神の彫像が特に有名です。 シヴァ神殿の中にあるのが、リンガというシヴァ神の象徴で、それはなんと男性器を表しているそうで、ほかの寺院でも見られましたが、このときは、なんのことやら、さっぱりわかりませんでした(笑)
あとから思うと、説明をするナヤナさんが、少し恥ずかしそうでした(笑)
船着き場のそばには、果物を売ってるおばさん達や、頭に水壺を三つ重ねて乗せて、写真を撮ったらそのモデル代を要求するおばさんなどがいましたが、インド女性の印象は、(1)働き者、(2)必ずサリーを着ている、です。 田舎の方で、畑で働いている人もサリーでしたし、長いサリーの裾を、Tバックのようにからげて、足をあらわにしている人も見かけました。 着物の裾を帯にはさむ「尻っぱしょり」みたいなものです。 また田舎の人や、貧しい人ほど、色鮮やかな派手なサリーを着ているような感じでした。 ガイドのナヤナさんも、もちろんサリーですが、黒地のシックなサリーで、都会的というかおしゃれでした。
日本から23時間もかかって到着し、2時間しか寝ずに船に乗り、100段以上の石段を上ったり下りたりしたためでしょうか、私は帰りの船に酔ってしまい、船のデッキの木のベンチで横になっていました。 その間、娘はナヤナさんにいろいろな話を聞かせてもらって、とても楽しく、また勉強になったようです。 眠っていた私は、聞くことができず残念でした。 ナヤナさんは、日本に1ヶ月ほど滞在していたことがあるそうで、日本の温泉と新幹線が素晴らしい、と言っていたそうです。
貧富の差が激しいインドでは、金持ちでなくては海外旅行には行かれない。 ダンさんも、その後に会った何人かのガイドさんも、日本に行ったことはなく、これからも行くことはないと言う人もいました。 1ヶ月も日本を旅行していたナヤナさんは、よほど裕福なんでしょう。 また、裕福だということは、カーストも上だということです。 ダンさんは、農民の出身で、実家には電気がないと言っていました。
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