(エーゲ海)  

 2003年3月5日  成田〜マニラ〜バンコク〜

【夜行列車(?)の長い旅】

昨年12月にリストラ退職を余儀なくされた私、その退職記念というか、うさばらしというか(笑)、娘とギリシャ・エジプト旅行に行ってきました。
小さな事務所でフルタイムで働いていた14年間は、何日も休暇をとって海外旅行をすることは不可能でした。
昨年私が、職場を辞めるかどうか悩んでいた頃、娘は「辞めて、私と海外旅行しようよ」としきりに言ってくれていましたので、ついに辞めたとき、娘に「さあ、海外へ行くわよ!」と宣言しました。
「どこへ行く?」と聞かれた私は、即座に「エジプト!ピラミッドを見たいの」と答え、娘は「私はギリシャに行きたい。ギリシャとエジプトがセットになったツアーがあるわよ」と言うので、「ギリシャも行きたい! じゃあ、それにしよう〜♪」
「でも私、ギリシャは新婚旅行で行こうと思ってたんだけどなぁ」という娘に、「それじゃ、一生行かれないかもしれないじゃん。私と行っておいた方が、いいんじゃないの」と母親としてあるまじき暴言を吐いて決定(笑)
そんな私に、娘はこの旅行は自分がプレゼントすると言って、二人分の旅行代金を出してくれました。
21才の娘は、19才のときに初めてイタリア・フランスに行って以来、今回で5回目の海外旅行。
私はと言えば、二十数年前のグアム島への新婚旅行以来、これが2度目の海外。
これはもう、娘におんぶにだっこで、お任せで付いていけばいい、らくちんらくちんと思っていましたが、出発の成田から、ちょっとその目論見がはずれました。
せっかちな私と違って、娘は良く言えばおっとり、悪く言えば少々とろいんですよね(プレゼントしてもらっていながら、ゴメンナサイm(__)m)
私は初めての成田なのに、なぜか私が先に立って歩く始末になりました。
両替するときも、いつも自分はそんなに使わない、と言う金銭感覚がシッカリしている娘と、いっぱい使うかもしれないと言う私は、金額でもめました(笑)

飛行機に乗って私は初めて気がついたのですが(!)、成田からアテネまで、なんとマニラ、バンコク、カイロと3ヶ所も乗り継いでの26時間にわたる長旅でした。
その分、運賃が安いのでしょうか。
飛行機はエジプト航空。 もちろんエコノミーのセンターの4人がけの席。
狭いシートで座り続けて、首も背中も痛く、これが辛かったです〜。
隣は若いカップル。乗ってすぐ、それぞれコミックや雑誌を読みふけっている、といういかにも今どきのカップルでした。
娘はちゃんとギリシャのガイドブックを読み、私はと言えば、持参のCDを聞いておりました(笑)
飛行機が飛び立ってすぐ、隣のカップルの向こう側の通路に、エジプト人らしきおばさんが二人立ったままで、何やら大声で言い合いを始めました。
それが延々と続き、カップルの女の子も迷惑そうにしていて私と顔を見合わせたので、私は「自分の席に座れと言ってやろうかしら」と英語のフレーズを練習してると(笑)、娘にすかさず「やめてよ、何も言わないで!」と止められました(^^ゞ

マニラには4時間半ほどで到着、ここで1時間ほど待ち、再び同じ飛行機に乗るのですが、乗るときに全員がボディチェックされました。
バンコクでもカイロでもやらなかったことですが、どうやら前日にフィリピンの他の空港で爆発事件があったからのようです。

それから2時間後にバンコクに到着。ここでは2時間待ち。
ほかの日本人の団体客に添乗員の人がいろいろ説明しているところに紛れ込んで、私はちゃっかり質問までしましたが(笑)、そのとき初めて、私たちには添乗員なしということにも気づきました。
バンコク空港は大きくて新しくて免税店がデパートのようにずらっと並んでいましたが、通路にはたくさんの現地の人がごろ寝していました。
最初は、空港にホームレスがいるのかと驚きましたが、これは地方に乗り継ぐ飛行機を待っている人たちだったのかもしれません。
だとしても、いろんなところに平気で寝ている姿は、やっぱり驚きです。
バンコクを出たのは、日付が変わって、午前1時でした。
バンコクで降りた人がたくさんいて、乗客は3分の1くらいになりました
空いているシート4人分のところにに横になって寝ている人も何人もいて、ジェット機というより、さながら昔の夜行列車のような雰囲気でした(笑)
ここで、寝てるこちらにはおかまいなしに、エジプト人の男性パーサーが乱暴にバタッバタッとテーブルを倒し、3度目の夕食が出されたのには、こんな真夜中にとびっくり。
私たちは、もちろん断って寝てましたけど。

(アテネの港)  


 2003年3月6日  〜カイロ〜アテネ

【カイロで乗り換え】


(機内から見たカイロ:左にあるのがナイル川)

 
バンコクからまた8時間ほど乗って、やっとカイロ国際空港に着いたのが、朝5時半頃。
早朝のカイロは思いのほか寒く、アンサンブルのセーターにハーフコートという日本と同じ格好でちょうどよかったのが意外でした。
ここで3時間ほど待って、アテネ行きの便に乗り換えます。
旅行社のパンフレットには、「現地係員がご案内します」と書かれているのに、それらしき人がいません。
とにかく「アテネ?アテネ?」と聞きながら(これが通じない。カイロの人はアテンと言ってました)、TRANSFERと書いてある方へ行ってみると、そこにいた空港の係員に飛行機のチケットとパスポートを一緒に渡すことになりました。
ほかの乗客もみなそうしてるのですが、なぜパスポートまで渡さなきゃいけないのかわからず不安です。
小心者の娘があせって、たどたどしい英語で尋ねると、あとで名前を呼んで返す、ということらしいので仕方なく待合室で待つことになりました。
旅行社の現地係員というのは全然現れず、日本人らしき人は若い男の子ひとりだけ。
「アテネへ行くんですか?」と聞くと、トルコへ行くということで、旅なれているらしい彼も「パスポートを預けるなんて初めてだ」と不安がっています。
そこへ、飛行機で隣にいたカップルがやってきたので、「J社のツアーの方ですよね?」と聞くと、案の定そうだったのだけれど、なんとこのツアーは4人だけとのこと。
二人とも同じ大学の4年生で卒業旅行だそうで、21才の娘に22才の彼ら、私は子供3人引き連れた母親という具合です(笑)
トルコに行く男の子は25才で、もう日本を出て2ヶ月になるそうで、トルコからはバスで30時間かけてギリシャに行くと言っていました。
かつてのカニ族のインターナショナル版? 今は、バックパッカーと言うんですよね。

待合室には、フィリピン人男性の30人くらいの出稼ぎ集団という感じの団体さんがいて、そのリーダーらしき人から私は話しかけられました。
私がアテネに行くと言うと、「ビジネスか?」と聞きます。
こんなおばさんが何のビジネスと言うんだろうと思いましたが、彼は、「来年アテネでオリンピックがあるからビジネスで行く」と言います。
そう言えば、来年のオリンピックはアテネだったと今さら気づき、オリンピック施設の建設工事でもする仕事なんでしょうか。てことは、私は、工事現場の賄いのおばさん?(笑)

カップルの女の子(菅野美穂さんに似ていたのでカンノちゃんと呼びます)が空港のトイレに行ってきて、「ペーパーを持ったおばさんが待ってて、チップを寄こせというから10円上げてきた」と言います。
彼女が日本円しか持っていないと言ったら、10円玉でOKだったそうです。
これが、話に聞くチップのトイレなのかと興味はありましたが、かなりキタナイと言うので(国際空港なのに)、私はガマンしちゃいました。
娘は行きましたが、「おばさんがちょうど後ろを向いていたので、すすっと入っちゃったら、バーンッといきなりドアをあけられて超こわかった〜。」
やっぱり掟破りはいけません(笑)
で、10円を渡したそうですけど、そのおばさんは日本円をどこで使うのか不思議です。



【アテネでも誰もこない!】

結局、現地係員が来ないまま、4人でアテネ行きの飛行機に乗り、一応無事、アテネエレフテリオス・ヴェニゼロス空港(名前長すぎ!)に着いたのは午前11時。
出発ロビーへ出て行くと、旅行社の名前や、人の名前を書いた紙を胸のところにかかげて待っている出迎えの人たちが何人もいます。
ところが、その紙をずーっと見ても、私たちのJ社の名前がありません!
出迎えの人たちが口々に「ミスター***!」とか叫んでいるのに、私たちは逆に「J○○!」とこっちが叫ぶ始末(笑)
旅行社がくれたパンフレットに書いてある空港内の地図も実際とは違うし、別の場所で待っているのかもしれないと、またもやあせる娘があちこち駆けずり回って見てきましたが、やはり旅行社の人はいません。
ガイドさんがカイロでも現れず、アテネでも現れないって、どーゆーことだ?!と、娘はカンカンです。
とにかく現地の代理店に電話してみようと、3人の子連れの母親の立場である私が公衆電話をかけようとしましたが、やり方がよくわからずかからない。
またもや、娘が電話のかけ方を聞きに行き、その間、カンノちゃんは電話に再トライ。
カップルの男の子(椎名桔平さんに激似だったのでキッペイくん)は、旅の間中、終始役立たず (笑)という感じでしたが、このときも一人何もせず。
私が「とりあえず、タクシーでホテルまで行って、そこから旅行社に連絡しましょう」と言うと、娘は「そんな!タクシー代がもったいない!」と怒る、怒る(笑)
「もちろん、あとで全部請求するわよ」と言ってるところへ、やっと現地のガイドさんがやってきました。
私たちを迎えにきた人が途中で交通事故にあって来られなくなって、自分が代わりに来たと言います。
人身事故ではないとのことですから、まあよかったけれど、なんだか、こういうアクシデントに必ず遭遇するのが、私らしいと言えば私らしい。


(私たちの泊まったホテル)
空港から車で1時間くらいでアテネ市内の中心にあるホテルにつきました。
いかにもヨーロッパという感じがする古い小さなホテルです。
エレベーターが木の枠のドア(引き戸ではなく開き扉)で、自分で開け閉めして入るものだったのには、びっくり。
乗るとき、娘と二人で、エレベーターのドアが開くのをじっと待っていて、ボーイさんが開けてくれたのですが、降りるときも、いつまでも開くのを待っていて、気がつくまで時間がかかりました(笑)
中扉はなく、ドアを閉めたとたん、いきなり予想を裏ぎる結構早いスピードで動くのもこわい。

【アテネの街を歩く】

空港で待たされたおかげで、ホテルに着いたときはもう1時半くらいだったので、私と娘はさっそくお昼を食べに出かけました。
空港に迎えに来てくれたのは、若いギリシャ人男性のガイドさんで、食事をするにはどこがいいか、お勧めのギリシャの食べ物は何か、とか聞くと、市内の地図もくれて、お店もいろいろ教えてくれました。
アテネの中心はこじんまりとしていて、ちょうど千葉市の中心と同じくらいの大きさに感じます。
地下鉄やトロリーバスが走っていますが、ホテルが中心地にあることもあって、観光名所には遠くても30分くらいで行けるので、私たちは全部歩いて回りました。
意外と坂の多い町です。
街路樹にオレンジの木が多く、濃い緑の葉陰にオレンジがたくさんなっていました。
このオレンジはすっぱくて食べられないそうです。
前日までは天気が悪く、みぞれも降ったそうですが(遠くの山には雪が残っていました)この日は、いいお天気で、空の明るい青さが、これがギリシャの空だ、という気持ちにさせてくれます。
同じ南国でも隣のイタリアとは雰囲気が違うと娘が言うので、屈託のない明るさではなくて、ちょっと翳りのある明るさ、乾いた明るさなんじゃない?と、私お得意の知ったかぶりのわかったようなことを言ってみたところ、娘は「そうかもしれない・・・」と気のない返事でした(笑)

地図を片手に、レストランの多いところというプラカ地区へ向かいました。
途中、ガイドブックに載ってる観光名所に勝手に出くわすので、ところどころ寄っていきました。
国会議事堂のうしろに国立庭園があり、自由に入れるようになっています。
国立庭園と言っても、木も草も自然に適当にぼーぼーと生えてる感じで、とにかく広い(16万u)、人もほとんどいない。
娘はもっと奥まで行きたかったようですが、26時間も飛行機に乗ってやっとたどりついたばかり、ここでエネルギーを使い果たしたくない私は、娘を引っぱって外にでました。


【アテネのおじさんたち】

門のところで、ギリシャ人のおじさんが突然寄ってきて、「日本人か?」とかなんとか話しかけてきました。
いかに日本人旅行者が多いかということでしょうけど、旅の間中、私たちはいたるところで外人さんに話しかけられました。
だいたい、いきなり日本語で「コンニチワ!」と言ってきます。
このときが最初だったのですが、このおじさん、「私は日本に行ったことがある」とかいろいろしゃべって、最後になんだかわからないけど、娘と私にまでほっぺにチュッ!
私は生まれて初めての見知らぬ人からのチュッだったので、悪いけどあとでほっぺた拭き拭きしてしまいました(笑)
娘は、イタリアだったらチュッされまくりよ、と言っていましたが、それって自慢していいことなの?と、私は外国の習慣はわからないので、釈然としません。
でも、若い人ではなくて、いつでもどこの国でも、おじさんだけに声をかけられる、と言っていましたが、それは本当でした(笑)
カイロ空港の荷物検査のおじさんあたりから始まって、確かにギリシャ・エジプトでは、娘はおじさん専門でモテモテ(?)
娘は小柄で童顔なので、みんなロリコンなんじゃないの、と私はまた親としてあるまじきことを言っておりましたが(笑)
ただ、アテネの男性はとても親切で、私と娘が道が分からなくなって、立ち止まって地図を見ていると、必ず「どこへ行きたいのか」と声をかけてくれて道を教えてくれました。
そういうことが何回もありましたが、一人だけ「明日、エーゲ海クルーズに行かないか」と言い出し、これはどうやら客引きだったらしい(笑)
女性は誰も声をかけてくれなかったけど、日本だったら、おせっかいなのはオバサンなのに(笑)



(国会議事堂:前をカラフルなトロリーバスが通る)


(アテネの中心地シンタグマ広場)


(国立歴史博物館)


(プラカ地区の通り:路上駐車がスゴイ)



(国立庭園:椰子の木が南国風)

(ギリシャ正教の古い教会:街のあちこちにある)


【アテネのネコに餌付け】

ギリシャ語で大衆的なレストランはタベルナと言うそうです。
料理が出てきても「食べるな」とはこれいかに?などと、笑点みたいなことを思いつつ、ガイドさんに教えてもらったビザンティーノというタベルナで遅い昼食をとりました。
石畳の路上に出ているテーブルでの食事、映画などで見て憧れていた(笑)食事風景です。
ガイドさんお勧めのムサカというひき肉とジャガイモやナスなどの重ね焼きした料理と、カジキマグロのソテーを食べました。
パンと一緒に、タラモサラタ(たらことジャガイモと玉ねぎを混ぜたペースト)、ザジキ(刻んだきゅうりとヨーグルトをあえたガーリック風味のもの)、メリザノサラタ(レモンとオリーブオイル風味のナスのペースト)の3種類が出てきました。
娘はザジキが美味しいと言い、私はメリザノサラタが美味しいと思いました。
きれいな野良ネコがやってきて、私たちのテーブルの下に座りました。
娘が、カジキマグロを少しあげると、ペロッと食べて「にゃぁ〜」と鳴いておねだりします。
次々上げて、最後はタラモサラタも食べていました。
日差しが暖かくて、静かで、すっかりくつろいでしまった私、旅情を感じるより、もうずっとアテネで暮らしているマダムのような気分でした(笑)



ムサカ
ギリシャの代表料理



タラモサラタ  ザジキ  メリザノサラタ

(街角のパン屋さん)




【金毘羅さまと紳士】

ギリシャで、娘のお目当ての一つは、ギリシャブランドのフォリ・フォリのお店で買い物をすること。
食事のあと、ファッション関係のお店が並んでいるエルム通りへ行きました。
ここは、ちょうど渋谷といった感じです。
歩いている人も、言わばアテネのギャルが多い。
東京・千葉よりいくらか気温が高いはずのアテネですが、冬物バーゲンの真っ最中のようでした。
そういうのを目ざとく見つける私は(笑)何軒かのお店に入ってみましたが、結局何も買わず。
アテネの人は寒がりなのか、若い女性もまだ冬のロングコートをしっかり着ていました。
そして、ギリシャの人はほとんど黒髪ですが、赤紫色に髪を染めている人を結構見かけましたので、今、これが流行なのかも。

いったんホテルに戻り、1時間ほどたって暗くなってから、また出かけました。
アテネ市内で一番高いリカペトスの丘へ登るためです。
ここからはアテネ市街が一望でき、特に夜景がきれいですよと、ガイドさんが言っていたので、私たちは夜になるのを待っていたのです。
丘の頂上まではケーブルカーで行かれますが、ケーブルカーの乗り場まで、延々とまっすぐに階段の道が続いていました。

この道へ行く途中で、娘と立ち止まって地図を見ていますと、例によって中年の男性が声をかけてくれて、親切に道を教えてくれました。
その男性は低い声で静かに「next」と言って、エスコートするように、そっと私の肩に手を添えて「次の道を曲がるんですよ」という仕草をします。
あとで娘が「すごく素敵だった〜♪」とずっと言っていたくらい、とても紳士的な物腰でした。
私なぞ日本では今までそんな扱いをされたことが全くありませんし、これからもないでしょうから、なかなかいい気分でした(笑)
階段の道の両側は住宅街でアパートのような建物が立ち並び、すごく静かで道も暗い。



(夜のアカデミー)


(リカペトスの丘から見たアテネの夜景)


(リカペトスの丘の上の教会)
途中で息が切れて、立ち止まって振り返ると、アテネの繁華街がはるか下に見えます。
「まるで金毘羅さんだね」と私が言うと、「何?それ」と娘。まったく話が通じません(笑)

やっとたどりついたケーブルカーの乗り場には、お客は誰もいません。
係の女性が「20分後に出る」と言うので、仕方ないと待つ態勢でいると、すぐに3人ほどお客さんが入ってきて、すると、「じゃ、出します」と出発しました。
このアバウトさ、日本じゃありえないことだなあ、と気に入りました(笑)
私は、夜景を見ながら上がりたいと、ケーブルカーの最後尾の席に後ろ向きに座りましたが、なんのことはない、トンネルの中を登っていくケーブルカーだったので、何も見えず(笑)
景観をこわさないように無粋なケーブルカーなどは隠してあるということでしょうか。
丘の上からのアテネの夜景は綺麗ですが、高層ビルもなく、派手なイルミネーションなどもないので、何か素朴な暖かい感じです。
丘の上には教会があり、時計台がライトアップされて、ロマンチックな雰囲気。
デートスポットなのか、何組かのアテネの恋人たちにラブラブぶりを見せつけられて、母娘で来るようなところじゃないな、と思いました(笑)

【夜のカフェは寒い】

リカペトスの丘を降りたところは、コロナキ地区
コロナキ広場の近くには、おしゃれなカフェや有名ブランドのお店が多く並んでいます。
エルム通りが渋谷だとすると、ここは青山と言った感じ。
ブランドのお店ものぞいて見ましたが、金銭感覚がシッカリ者の娘と、ブランド品に興味のない私は、やっぱり何も買わず(笑)
夕食を、地元の人でいっぱいのカフェレストランでとりました。
混んでいるということは、きっと美味しいんだろうと思って入って、チーズパイを食べたのですがあまり美味しくありませんでした。
もしかしたら、ファミレスみたいなお店だったのかもしれない。
そのあと、やはり会社帰りといった感じの人たちがたくさんいるカフェでコーヒーを飲みました。
みんな外のテーブルに座っておしゃべりしているのですが、私は余りの寒さにガタガタふるえるくらいで、どうやら地元の人とは体感温度が違うのかも・・・(笑)
ホテルに戻ったのは9時半過ぎ。
26時間の長旅のあと、ずいぶんよく動き回ったもので、自分の体力に感心しました(笑)

(イドラ島)  


 2003年3月7日  エーゲ海(イドラ島・ポロス島・エギナ島)

【エコさん】

娘の憧れだったエーゲ海クルーズの日です。
朝7時半、現地のガイドさんがホテルまで迎えに来ました。
40代半ばくらいの女性で、色浅黒く、しゃがれ声で、ギリシャの女性特有の、上下のアイラインを真っ黒にくっきりと、特に下のほうを太く入れたメイクをしています。
日本語は上手なのですが、私には日本人には見えません。
「私はエコです、エイコじゃありませんからね。」と言うので、エコという名前のギリシャ人かと思ったら、実は「絵子」という字を書く日本女性でした。
迎えのバスは普通の大型バス、そこに贅沢にも4人だけ乗って港まで行きます。
エコさんは、お客そっちのけで、ギリシャ人の運転手さんと何やらギリシャ語で、ずーっとおしゃべりしています。
ギリシャ語は、イタリア、スペイン系の巻き舌で「ナンターラカンターラ」と言っている感じの言葉です。
どの人もすごく早口にしゃべっているように聞こえました。

【青と白のエーゲ海】

アテネの港から白い船に乗って出発です。
エコさんが、「今日はクルーズには最高ですよ」と言っていましたが、快晴で風もなく海は穏やかでした。
空はまさに紺碧、くっきりとした抜けるような青さです。
海の色はまだ春先ということだからでしょうか、こちらは青いというより濃い水色でした。
ここに載せた写真は全部、娘が普通のカメラで撮ったもので、まるで絵葉書のような青い空の写真もありますが、これがそのままの色なんです。
紺碧の空に白いかもめが飛んでいる姿を、船の甲板から見るというのは、映画のワンシーンのよう。
海は水色に美しく輝いています。
確かに、これは新婚旅行で来たら最高でしょう。娘には悪いことをしました(笑)
カンノちゃんが「こんなロマンチックなところと思わずに来てしまった」と、カップルで来ていながら、そんなことを言っていました。

エーゲ海クルーズと言っても、私たちのクルーズはミニクルーズ。
サロニコス湾の中の3つの島を1日で巡るという、お手軽なものです。
2時間半で、まず一番遠いイドラ島に着きました。
港からメルヘンチックな家々が見えます。
どの家もオレンジ色の瓦の屋根、白い石壁、窓は青く塗られています。
そういう条例のようなものがあるそうです。
ギリシャの人は、景観を整えるという美意識が高いのですね。
この青と白がまさにギリシャカラーと言えるのではないでしょうか、ギリシャ国旗が青と白というのもうなづけます。
この島は芸術家の島として有名で、島の美しさに魅せられた多くの芸術家が生活しているそうです。
小説家の村上春樹がギリシャで暮らしていたことがあるのを思い出し、エコさんに聞いてみましたが、この島ではなかったようです。



(イドラ島の家々)


(ギリシャの国旗が見える)


(教会の真っ白な時計台)  (教会の豪華な天井)   


【猫の島】

エコさんが、自分が一番好きな場所、と美しい家が並んでいるところへ案内してくれました。
白い石畳の道は路地のように細く、入り組んでいます。
家の戸口のところに座って、おばあさんたちがレース編みをしていました。
白いレースに青い刺繍をほどこしたクロスやナプキンはこの島の特産品ということです。
エコさんには、そのレース編みを売っているお店や、やはり島の特産品だという銀製品のお店に連れて行かれました。
純情な旅行者の私は、そこで言われるままにあれこれ買い込み、エコさんに「今日のお客さんはすごくいいお客さん」とえらく喜ばれました(笑)
私はエーゲ海の青い空と海を思わせるラピスラズリーをあしらった銀のアクセサリーがとても気に入ったので、指輪とブレスレットを買いました。
キッペイくんも自分の指輪を買いましたが、カンノちゃんが欲しがっているのに買ってあげないので、私はおせっかいとずうずしさというおばさんパワーを発揮(笑)
代わりに値切ってあげて、やっとキッペイくんはカンノちゃんに指輪をプレゼント。どうもよくわからないカップルです(笑)

たくさんいるロバは、この島のタクシーです。
イドラ島は別名猫島とも言われるそうで、港には野良猫が何匹もいて、のんびりと過ごしていました。
野良猫はアテネでもたくさんいましたが、どの猫もおとなしく、顔はエジプシャン系の美人猫で、しっぽが長く姿もいいです。
アテネでは、放し飼いの犬も何頭も見かけました。
やはり、みなおとなしく、しつけができてる感じで、放し飼いにされていても迷惑ではないようです。
 



(港の野良猫)


(イドラ島の家は美しい)


(イドラ島の家)


(タクシー代わりのロバ)



【美女軍団の中学生】

船に戻って、次はポロス島へ向かいます。
この船の中で昼食。私たち4人とエコさんで、一つのテーブルで食事をしました。
娘と私はジュースと水でしたが、キッペイくん、カンノちゃんはワインを頼みガバガバ飲んで、そのせいかいろいろと話がはずみました。
キッペイくんは某一流保険会社に就職が決まっていて、カンノちゃんの方は警察の鑑識課(かなりユニーク)に就職したかったそうですが失敗して、就職浪人とのこと。
「公務員がいいわよね、民間はどうなるかわからないものね〜」と私が言うと、ギリシャに来て20年というエコさんが「今の日本では、そうなんですか」と聞くので、「私なんか、○○の業界でもリストラされたんですよ。これはリストラ旅行なの」とつい言ってしまいました。
ついでに、「この旅行、娘がプレゼントしてくれたんです」と言うと、キッペイくん、カンノちゃんが「マジで?!!」と、とんでもないことをしてくれる!と言わんばかりの勢いで叫びます(笑)
でも、二人とも、この旅行の費用はバイトして稼いだお金だそうで、そこのところは感心です。
キッペイくんは埼玉の人だけど、カンノちゃんは確か和歌山の人だそうで、二人ともツーショットの写真をほとんど撮らないようにしていたので、カンノちゃんはきっと親には内緒で来てるんじゃないかしら(笑)
私が海外はまだ2度目と言うと、カンノちゃんに「どうして英語がしゃべれるんですか?」と聞かれたのには私はビックリ、娘はアキレていました(笑)
「え?!全然しゃべれないんだけど。ただ、単語並べてるだけよ」と答えましたが、あとでエジプトのガイドさんにも同じようなことを聞かれたからフシギです。
娘が言うには、「お母さんは通じてなくても、黙らずにずっとしゃべり続けてるから、それでペラペラにしゃべってるように見えるんじゃない? 妙に発音だけいいし」(笑)
確かに黙らないのは、そのとおりです(笑)
それにしても、ずいぶん前ですが、3年近く英会話のジオ○に通っていたのに、それが何の役にも立っていない。
エコさんは4ヶ国語、エコさんの15才の娘さんは5ヶ国語がしゃべれるということだけど、どうしてこうも違うんでしょうね。

この日のクルーズのお客は260人、日本人はそのうち80人くらいで、これは少ない方だそうです。
日本人はほとんど大学生のグループでした。
エコさんがすごくイヤがっていたのですが、別のテーブルに韓国人のおばさんグループがいて、食事のときキムチやノリを出して食べていたのには驚きました。
他に多かったのは、ギリシャ人の中学生の団体。
どうやら修学旅行のようで、翌日のアクロポリスでも、カイロ行きの飛行機でもたくさんいました。
その少年少女たち、みんな美形です。
整った顔立ちをギリシャ彫刻のよう、と形容することがありますが、確かにギリシャは美男美女が多い。
この14,5才の子たちは、さらに見とれるほど整った顔立ちをしていました。
特に女の子は、そのままモデルや女優になれそうなくらい、綺麗で背も高く足がとにかく長い。
小柄な私の娘は、ギリシャの中学生より幼く見えました(笑)

【ポロス島のコーヒータイム】

ポロス島も絵のように美しい島です。
ヘンリー・ミラーが著書「マルーシの巨像」の中で絶賛したそうです。
でも、あとの二つの島と比べて、一番素朴な感じがしました。
エコさんが、ここでは全部自由行動、丘の上に登ると眺めがいいから行きたい人は行ってください、と言い、娘は登りに行きました。
私は登りたくないので、マーケットに買い物に行くというエコさんに、ついて行きました。
どうやら彼女は、夕飯のおかずを買うみたい。仕事と買出しをちゃっかり兼ねているわけですね(笑)

買い物の後、いつもここでコーヒーを飲むというカフェで、エコさんが私にコーヒーをおごってくれました。
さんさんと降り注ぐ陽光の下で、潮風に吹かれながら、のんびりとコーヒーを飲みました。
エコさんはギリシャ人の男性と結婚して、もう20年ギリシャで暮らしているそうです。
「ハンサムでやさしいご主人なんでしょう?」と聞くと「もちろん」とうれしそうでした。
「母娘で旅行するなんて珍しい」と言われ、「ご主人は留守番ですか?」と聞かれたので、日本だったら会ったばかりの人には絶対に言わない自分の家庭のことを、ちょこっと話してしまいました。
これは、旅の解放感なのか、彼女が異国の人だからなのでしょうか。
エコさんがしみじみとやさしく、「お嬢さんに連れてきてもらって良かったですね」と言うので、快いほろっとした気持ちになりました。
地球のはるか彼方でそれぞれ暮らしている日本の女が二人、エーゲ海の小さな島で、コーヒーを飲みながら話しているということが何か不思議に思われました。
もう2度と彼女とは会うことはないでしょう。
まさに一期一会ですね。

最後はサロニコス湾で一番大きな島、エギナ島です。
ここではバスに乗り、島の名所旧跡めぐりをしました。
この島では、イドラ島のような昔ながらの美しい家はあまりありません。
赤い屋根、白い壁、青い窓という決まりを守らず、勝手に好きなように作る人が多いそうです(笑)
オリーブやピスタチオの畑が続き、オレンジの木のほかにレモンの木もあって、レモンが木になってる姿を、私は生まれて初めて見ました。
私はうれしくなって、娘に写真に撮ってと頼みましたが、走っているバスの中からだったので失敗。




(ポロス島の港)


(エギナ島のアフェア神殿)


(聖ネクタリオス修道院)


(船で果物や野菜を売っている)

【ヨーコさんとタコ】

山の上にあるアフェア神殿は、アテネのパルテノン神殿より古く紀元前490年頃に建てられたものです。
祀られているアフェア女神は、その美貌せいでミノス王や多くの男性から言い寄られ、アルテミス女神に姿を見えないようにしてもらった「見えざる女神」です。
翌日見たパルテノン神殿のような威風堂々としたものではなくて、瀟洒な感じのする美しい神殿でした。
聖火採火式などで見る白い衣装をまとった巫女さんの姿が、目に浮かぶようです。
周りは松林で、日本の松の木と違うのは、大きな松ぼっくりが鈴なりになっていることです。
ここでは、島の名産ピスタチオを売っているお店に案内されました。
手作りのピスタチオアイスクリームもあります。



(ピスタチオ
アイスクリーム)



(干してあるタコ)


 


このときはヨーコさんという、他の日本人の団体さんについていたガイドさんが案内してくれたのですが、この女性も太いアイラインのメイクで、クレオパトラのようなおかっぱ頭で、がっちりとした体型のすごく迫力のあるおばさんでした。
ガラガラ声で、「それ、ダメヨ」「・・・デスノヨ」と外国人のような日本語をしゃべるので、最初はまたもや日本人ではないと思ってしまいました(笑)
キッペイくんなどは、「女の人じゃないと思った」とさらに失礼なことを言ってましたね(笑)
エコさんといい、ヨーコさんといい、異国の地に一人嫁いできて、異文化の中で働いているからなのか、たくましく、怖いものなしという印象です。
「私もこっちでガイドでもして暮らそうかな」と言うと、娘は「ああいう声になっちゃうよ」などと言ってました(笑)

そのあと、山道を通って、建築が始まって20年余になる現在もまだ工事中という、聖ネクタリオス修道院へ行きました。
赤い丸屋根が美しい、とても大きなビザンチン様式の建物です。

そして港にもどりましたが、そこで、タコの炭火焼を売っていました。
足を切って、アルミホイルに包んで半切りのレモンを添えてくれます。
ちょうど日本のイカ焼きと同じようなしょう油味みたいな味でした。

エコさんは、また夕飯の買出しで、イカを二杯買ってきて、
「日本円で1000円くらいだった。日本より安いでしょ」とうれしそうです。
私が、「日本だったら、その半分くらいの値段で買えるけど」と答えると、
「え?そうなんですか〜? なんだ、高いのか〜」
と、すごくガッカリしていたので、申し訳ないことをしました(笑)

その後、船の中ではギリシャの民族舞踊のショーをやっていたようですが、私と娘はずっと甲板にいて、少しづつ暮れなずんで行くエーゲ海を見て過ごしました。
人生の至福のひと時という感じでしたね。
こういった人生の楽しみ方もあるんだなと、しみじみ思いました。
エーゲ海の潮風は、磯の匂いがせず、またずっと風にあたっていても、髪や体がベタベタするということもありません。とても爽やかです。
プランクトンが少ないので海草も少なく、それで磯臭くないのだということでしたが、塩分も少ないのでしょうか。





(アテネのカフェ:NEON)
【お金がたりない〜】

アテネの港に戻ったのは午後7時。
ホテルに着いてすぐ、夕食を食べに出かけました。
エコさんに地元の人が行く美味しいお店は?と聞いて教えてもらったNEONというお店に行くつもりです。
その前にまた、エルム通りに行き、きのうのぞいたフォリ・フォリのお店へ。
娘は、やっと決心して時計を買いました。
私も、日本では売られていないという黒の花柄のバッグを買いました。
こちらでは今、日本調の花柄が流行のようで、フォリ・フォリのほかのブランドでも、花柄のバッグを多く見かけましたよ。
そして、私はバスタブにバスオイルをいれて入って みたかったので、日本にもあるBODY SHOPへ。
お湯にいれるとそのまま溶ける、ビー玉のようなバスオイルを2個だけ買って、若い女性の店員さんはちょっと不機嫌でした(笑)

NEONというのは、セルフサービスのカフェテリアみたいな大衆的なお店です。
サラダバーやデザートバーがあって、お料理は材料も自分で選んで注文すると目の前で作ってくれて、料金は先払いします。
いよいよ明日からはエジプト。
エジプトでは水はもちろん、生野菜も食べるとおなかをこわす、とエジプトに行ったことのあるメル友さんから聞いていたので、娘はこれが最後の生野菜だと、サラダばかり山盛り選びました。
私は、シーフードのパスタを注文。
それが出来あがって、ケーキも食べようかなと見ていると、もう自分の分のお金を払った娘が飛んできて「ユーロがもうないよ! ドルは使えないんだって!」と言います。
私のパスタの値段は5ユーロ90セント(この頃、1ユーロ=120円くらい)。
昼間、私がいろいろ買い込んで、ぱっぱかとお金を使ってしまったので、残っているのは5ユーロだけ。
またもや、あせった娘が「両替に行ってくる〜!」とちょうどお店の外にある両替所へ走っていきましたが、もう閉まっています。
こわい顔で仁王立ちのレジのおばさんに、娘が必死の形相で「このジュース返します」と言ったところ、「5ユーロでいい」とおまけしてくれました。
「なんか、得しちゃった」とノー天気に私は喜んで、レジのおばさんも私たちが帰る時、なぜか笑顔で見送ってくれました。
ところが申し訳ないことに、お店を出てから、娘が「あ、1ユーロあった! セントもある!」と発見し、結局残金が1ユーロ50セントあることが判明しました(笑)
エジプトの水対策のために、ギリシャでミネラルウォーターを何本か買っていくつもりだった私たち(エジプトの水は高いというので)、これで水が買えると喜びました。
アテネの街角には、たくさんのキオスクがあります。
ちょうど日本の駅のキオスクと同じように、いろんな物を売っています。
コンビニ代わりと言っていいんじゃないかしら。
ホテルの前にあるキオスクで、50セントの水を3本買って、これでユーロはきれいに使い果たしました。
お風呂に、買ってきたラベンダーの香りのバスオイルをいれて入りました。
お肌はしっとり、優雅な気分になって、筋肉疲労もとれるようです。
これは、good! これからまた海外旅行するときは、絶対入浴剤持参にしようと思います。

(アテネ・フィロパポスの丘から見るアクロポリス)  


 2003年3月8日  アテネ〜

【アーモンドの花】

今日は、午前中はアテネ市内を観光して、午後カイロへ向かいます。 午前9時にホテルを出発。
今度は、正真正銘ギリシャ人の中年女性のガイドさんが迎えにきました。
パワフルで陽気なエコさん、ヨーコさんと違って、くたびれているというか、人生に疲れているような顔つきの人でした。
この人もまた、バスの運転手さんとずーっと何やらしゃべっています。
なんとなくギリシャの人は、男性も女性もおしゃべりな人が多いという印象でした。
この日は、曇り。きのうのような抜けるような青空は見られません。


(大統領官邸前の衛兵交替)
大統領官邸前を通ります。
かつての王宮で、現在は大統領官邸になっている建物ですが、衛兵がいて、ちょうど交替しているところでした。
お人形のような民族衣装を着ていて、木靴(重さ3kgもあるそうです)をはいた足を高々と上げながら歩きます。
木靴の先に大きな黒いボンボンがついているのが可愛い。
オレンジの街路樹、白い石畳に赤いベレー帽がはえますね。
そして、アテネの3つの丘(アクロポリス・フィロパポス・リカペトス)の一つ、フィロパポスの丘へ。
頂上に、ローマ時代のシリアの王子フィロパポスの記念碑があるだけの丘でした。
ただ、アテネ市街をはさんで見える、アクロポリスの丘の景観は最高とのことです。
私たち4人以外観光客も誰もいませんでした。
黄色いタイムの花や、小さな野の花があちこちに咲いていて、観光地らしくない自然のままの感じが、良かったです。
ここでの自由時間がたったの15分で、私たちもキッペイくん・カンノちゃんのカップルもいつも5分前集合をしていましたので、早足で記念碑のところまで登り、走って降りてくる感じでした(笑)
なんとなく今日のガイドさんは、やる気なしで、早く仕事を終わらせたい感じがミエミエでした(笑)

次に、いよいよアテネの象徴アクロポリスの丘へ向かいました。
ここにはすでに観光バスがずらーっと並び、日本人の団体やらギリシャの中学生の団体やらで、すごい人です。
丘に登る手前に、桜の花より大きく、色もピンク色ですが、桜の花そっくりの木がありました。
アーモンドの木ということでしたが、満開の花が見事で、とても綺麗です。
アクロポリスの丘は岩山という感じでした。
岩をそのまま削ったような不ぞろいの石段を登っていくと、大きな前門プロピレアがあります。
ここでガイドさんが「私はこの先は行きませんから、自由に見学してきて下さい」と言います。
たいした坂道でもなかったのですが、はぁはぁしてて、ちょっとお気の毒。

(タイムの花とパルテノン神殿)


(フィロパポス記念碑)

【神殿は観光地】

門をくぐると、丘の頂上に壮大なパルテノン神殿がそびえたっていました。
白い大理石で築かれた美しい建物です。
人間の目の錯覚を利用して、遠くから見てまっすぐに見えるように、柱(10mの高さ)の中央をふくらませたり、全部が同じ太さに見えるように四隅の柱は少し太くしてあり、床は真ん中を隆起させて全体が水平に見えるようにしてあります。
紀元前5世紀に、こんな高度な技法を使って建てられたということに、驚かせられます。
来年のアテネオリンピックに向けて現在修復中なので、鉄骨の足場が組まれていて、美しい姿をそのまま見られないのが残念でした。

パルテノン神殿のほかにも、エレクティオン神殿アテナ古神殿などもあります。
アクロポリスで発掘された出土品を納めたアクロポリス博物館がありますが、地面を掘って建てられていて、やはり丘の景観を損なわないためだそうですが、よく考えられていますね。
アテネの街に高層ビルが全くないのも、景観のためなんでしょう。
古都に○○タワーなどを建てる美意識のなさとは、えらい違いです。
丘の下にはヘロド・アティクス音楽堂が望めます。
1900年位前に建てられたものですが、現在でもアテネ・フェスティバルのときに使われているそうです。

とにかく観光客が多く、お土産品を売りつけようとする人たちもいっぱいいて、ひっきりなしに声をかけてきます。
聖域という感じは全くしないし、はるかな時空を超えた感覚も味わえません。
これはあまりにも有名な名所旧跡の宿命でしょうが、ちょっとカナシイですね。
自分もまたその観光客なのだから、仕方がありませんが。




(岩肌に満開のアーモンドの木が美しい)


(パルテノン神殿)


(ヘロド・アティクス音楽堂)


(アテナ古神殿)

(エレクティオン神殿)




【後ろ髪ひかれるカメオ】

最後に向かったのは、アテネ競技場です。
アテネ競技場は近代オリンピックの第1回大会が行われたところですが、2004年またここでオリンピックが開かれるわけですね。
私たちは「来年テレビで見て、『あ、ここ行った!』って言えるね」と喜びましたが(笑)、ほんとにいいときに来たなぁと思いました。
カイロ空港でフィリピン人のおじさんに言われるまで、オリンピックのことは全然忘れてたんですけどね。
古代のスタジアムそのままに、屋根などはなく、5万人収容の観客席も白い大理石で造られています。
五輪の旗が掲げられていました。

そのあと連れて行かれたのは、例によってお土産屋さん。
ツアーにはこれがつきものなんですね。
「トイレ休憩しましょう。飲み物も無料で飲めますよ」ということだけど、私は、このときだけ小心者で、トイレを使ったり飲み物を飲んだりすると、何か買わなきゃいけなくなる、と両方ガマンしました(笑)
娘や、キッペイくんたちは平気で、両方利用させてもらっていたから、同じなんですけどね(笑)
ここでは、カメオを勧められました。
イタリアのカメオと違って、ギリシャのカメオはオニキスやアラバスターを使ったカメオで、とても素敵です。
ただ、お値段は、600〜800ユーロでかなりお高い。
とても買えないと、店員さんの説明も「ふん、ふん」と聞き流していましたが、ふと母にイヤリングでもお土産にあげようかと思いつきました。
母はイヤリングが好きだし、値段もブローチよりは安いです。
やおら老眼鏡を取り出し、急に真剣に「これは、おいくら? こっちだと、いくらになります?」と始めてしまって、あちらも俄然熱心になります。
娘がそれを察知して、私のそばへやってきて、「だめ、だめ! お金がないでしょ。もう〜老眼鏡出すと、アブナイんだから」と言うので、やっぱり高いと悩んでいた私、はっとして「あ〜、そうだった。やめときます!」(もちろんカードが使えるんですけど)
キッペイくん、カンノちゃんに笑われてしまいました。
「きのうなんか、ユーロが足りなくて、レストランでまけてもらったのよ」と娘が言うと、「え? 全部使っちゃったんですか?」と二人とも呆れてました。

この後、そのままアテネの空港へ。
12時半頃着きましたが、カイロ行きの飛行機の出発は3時です。
お昼を食べようとしましたが、ユーロがないので、まずドルが使えるか聞いてから、注文しました。
娘は「I have no Euro!」と連呼するので、なんかカッコ悪い(笑)
まるで、「お金がないんです!」とすがっているみたい。 私の「ドルOK?」で十分通じてたのに〜。
ここで食べたギリシャ風のパンにチーズやチキンをはさんだサンドイッチは、とても美味しかったです。
行きに乗り継ぎで寄ったバンコク空港に、インターネットができる場所があったので、この空港でもあるかと聞いてみたら、あちこちにパソコンが公衆電話のように置いてあって、無料でインターネットができるようになっていました。
バンコクでは有料だったので、ずいぶんサービスがいいと思いましたが、これも来年オリンピックがあるせいなのかしら。
一昔前なら、旅先からは絵葉書というのがお約束だったけど、今はメールが出せるわけですよね。
友達にメールを打とうと、PCの前に座りましたが、ネットにつながりません。
2台ほど試してみましたが、ダメだったのであきらめました。
カイロ行きの飛行機は、かなり小さくて、また、ギリシャ人の中学生(高校生?)の団体さんと一緒でした。
離陸のとき、「おーーっ」とか「わぉぉ〜!」とかやかましく騒ぎ、機体が浮いたときは全員で拍手してるのは、日本の中学生、高校生と変わりません(笑)
カイロまでは2時間半くらいのフライトです。


(アテネ競技場)  



 へ続く
 






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